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最近の惑星観測は冷却CCDやデジタルスチルカメラ(デジカメ)、デジタルビデオカメラ(DVカメラ)などによるCCD画像が主流になっています。2003年になって、その画像の撮影方法に大きな変化が起こっています。それはビデオ・アストロミーと呼ばれるデジタルビデオによる動画による観測です。
そしてその中心になっているのが、フィリップス社のToUcam Pro(PCVC740K)です。ToUcam Proは、一般にWebCamと呼ばれるPCカメラで、パソコンにUSB接続して使用するデジタルビデオカメラです。カメラ単体では画像を記録することはできず、接続したパソコンのディスクに直接に動画ファイル(AVI形式)を記録します。カメラの価格は1万円程度と安価でありながら、CCDは1ルックスという低照度まで感度があり、惑星の動画撮影に適しています。残念ながら国内では販売されていないので、海外のインターネットショップから購入しないといけません。
図2 ToUcam Proによる高解像度の木星画像 撮影/熊森照明(60cm)、Tan Wei Leong(25cm)、風本 明(31cm)(画像を拡大) |
図1 フィリップス社ToUcam Proカメラ |
ToUcam Proで採用しているソニー製CCD(ICX098BQ)は感度がとても高いのが特徴です。また、ToUcam Proでは明るさやコントラスト、ゲインの設定が可能です。惑星を撮影する場合、真っ黒な背景に非常に明るく小さな被写体を対象とするわけです。こうした時に惑星が白く露出オーバーになったり、明るい模様が白飛びを起こすことがあります。ToUcam Proではこのような露出制御が惑星用に対応できます。
他のWebCamと比較して、できあがるAVI動画ファイルの圧縮率が低く、高画質の動画を得ることができます。また、USB転送中での画像の劣化が少ないことも高画質に効果があります。同じソニー製のCCDを採用した他のWebCamでは圧縮率が高いものがあり、画像劣化によって高品質の画像が得られないようです。メーカーによって製品の特徴が異なりますので、機種選定には注意が必要です。
DVカメラは720x480の画像サイズで、画像劣化の心配はありませんが、別途ビデオ・キャプチャ・カードなどのハードウェアやソフトウェアを必要とします。より高品質画像を得る目的ではDVカメラの方が有利だと思いますが、トータルなコスト・パフォーマンスを考えると、ToUcam Proは予想以上の高性能を出しています。
ToUcam Proはシャッター速度が最長でも1/25秒までしかありません。使用する望遠鏡の口径や合成F(拡大率)との関係もありますが、実際の火星・木星・土星の撮像には1/25〜1/50秒のシャッター速度を使います。CCDが十分な感度を持っていますので、速いシャッター速度で撮影できるわけです。このことが惑星観測にとって大きなメリットになります。
惑星観測の大きな妨げになるのは大気の揺らぎ、すなわちシーイングです。かげろうのような大きな揺らぎや、せせらぎのような小さな揺らぎが、組み合わさって複雑な動きを見せてくれます。ToUcam Proでの1/25秒の世界はずいぶんと異なっています。1/25秒のシャッター速度では、惑星像が意外にも止まって見えます。もちろんシーイングによって個々のフレームの惑星像は微妙に異なってはいますが、どちらかというとフレーム間で惑星像が飛び跳ねている感じです。これなら多くのフレームをコンポジット合成すれば、良像が期待できます。このことは、高層のジェット気流の影響でシーイングが悪い日本の冬でも、高解像度の惑星像を撮影できる可能性を示しています。もちろん、シーイングが良ければ、安定した画像が1000フレームのオーダで撮影できることになります。
表1 コンポジット枚数とS/N比の向上 |
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惑星のような暗い被写体をCCDで撮像すると、ノイズが多く、またコントラストが低い画像になってしまいます。これはデジカメでも、DVカメラやToUcam Proでも同じです。1枚のフレーム画像ではランダムノイズ成分が多い、いわばS/N比の悪い画像です。そこでCCD画像では多数枚のフレーム画像を重ね合わせてコンポジット合成を行う方法が一般的です。模様が惑星の自転で移動しない時間内(木星は2分以内、土星は4分以内、火星は7分以内)に撮影したフレーム画像をコンポジットするとS/N比を向上させることができます。表1に示すように、N枚のフレームをコンポジットすると、ノイズは1/√Nに平均化されます。仮に256階調の画像があって、ノイズが30あったとした場合、濃度が30以下の模様の変化はノイズに埋もれてみることができません。そこで、コンポジット合成を行うと、ノイズ成分は10枚だと10に、100枚だと3に、1000枚だと1まで理論的には低下することになります。つまり、できるだけ多くのフレーム画像をコンポジットすればS/N比の高い画像を得ることができるわけです。
これまでのデジカメでは自転許容時間内に撮影できる枚数が限られており、撮影したフレームから良像を選別すると10枚ぐらいしかコンポジットすることができませんでした。この点で、ビデオは動画であり、多くのフレーム画像を一度に得ることができます。500枚〜1000枚のコンポジット処理によって、ノイズの少ない画像を得ることができるわけです。すなわち、いかにして多くの枚数をコンポジットして、滑らかな惑星像を得ることができるか、これが重要なポイントなのです。ToUcam Proでの画像は、これまでのデジカメとは全く異なる次元での高いS/N比を実現してくれるわけです。
図3 Registaxによる画像処理 左:1フレーム画像、中央:536フレームのコンポジット後の画像、右:Registaxによる画像処理後の画像、撮影/伊賀祐一(28cm)(画像を拡大) |
これまでにもDVカメラによる惑星の動画撮影を行っている観測者はいましたが、大量のフレーム画像からコンポジット処理を行って観測画像を作成する人は限られていました。それは、次の2つの大きな問題があったからです。
ビデオ画像からどのようにしてコンポジットに必要な良いフレーム画像を選別するかが、最大の問題です。シーイングによって惑星像は大きく揺らぎ、それをAVIファイルの1枚ずつのフレームを順次眺めながら、良いフレームを選び出すのですが、とても時間のかかる作業です。デジカメでは50枚程度のフレームから許容時間内の10枚程度を選べば良かったのですが、ToUcam Proでは1800フレーム程度からの選別になります。また、コンポジット合成は、それぞれのフレーム内で動き回っている惑星像の重心位置を合わせる必要があり、各人が自作のソフトウェアなどで処理を行ってきました。
このような問題点を解決してくれるフリーウェアRegistaxの出現こそが、ToUcam Proでの惑星観測を一気に広げてくれました。このRegistaxは、ToUcam Proが記録したAVIファイルを直接に読み込んで、良い画像の自動選別を行ってくれます。そしてフレームの位置合わせを行い、それらをコンポジットした滑らかな画像を自動的に作成でき、実に高率的です。
図4 土星 撮影/熊森照明(60cm) |
図5 火星 撮影/池村俊彦(31cm)、風本 明(31cm)、伊賀祐一(28cm) |