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天文ガイド 2003年8月号
 
『世紀の火星大接近に向けて』
−これまでの観測で分かったこと−
共同執筆者:安達 誠
2001年大黄雲による変化 |  注目のダエダリアは・・・ |  ソリスからネクター付近の変化 |  南極冠の大変化

これまでの観測で分かったこと

火星は8月27日に大接近をむかえますが、この記事を読まれる7月上旬には視直径はすでに17秒を超えています。大接近の際には視直径は25.1秒にもなり、より細かな模様まで見ることができるでしょう。これから10月初めまでは20秒を超える視直径となりますので、火星観測の絶好の季節をむかえました。


月惑星研究会では、すでに2002年末の視直径が4秒ぐらいから今シーズンの観測を始めています。とはいえ、冬場の悪シーイングもあり、本格的な観測は5月に入って視直径が9秒を超えてからでした。これまでの我々の観測や、NASAの火星周回探査機マーズ・グローバル・サーベイヤ(MGS)の観測をまじえて、今シーズンの火星にどのような変化が起こっているのか、次第に明らかになってきたことを紹介しましょう。

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2001年大黄雲による変化

2年前の2001年6月22日、今年ほどではありませんでしたが、火星は準大接近で視直径は20.8秒となり、地球からはかなり大きく観測できました。今年の世紀の大接近の直前にあたり、火星の観測・研究者達はこぞって火星の観測を行いました。


最接近の翌日の2001年6月23日、火星の視直径が20秒を超えた時に大黄雲が発生しました。ヘラス(西経300°南緯50°)北部に発生した黄雲を起点として、ツィレッヘナム(西経250°南緯20°)やリビヤ(西経275°南緯0°)でも同時に黄雲が発生し、西風に乗って一気に東に広がりました。黄雲は見る間に火星全面をおおいつくし、7月9日頃には火星全球にまで波及した大黄雲となり、とうとう今までに知られていた火星の模様は全く見えなくなってしまいました。


このような大規模な大黄雲の発生は、今をさかのぼること32年前の1971年、火星の南半球にあるノアキス(西経350°南緯45°)付近で発生しました。この時も2001年の大黄雲と同じように火星の模様は全く見えなくなり、あたかも金星を見ているかのような姿になりました。ところが、その次の接近である1973年になってとんでもないことが分かりました。大黄雲の発生によって、今までに見たこともない大規模な暗色模様が出現していたのです。場所はソリスのすぐ西隣にある、ダエダリア(西経120°南緯30°)と呼ばれている地域でした。図1は京都大学の宮本正太郎博士がまとめた1971年以前と1973年の火星地図です。観測していた当時の人たちは、この新しい模様の出現に非常に驚きました。このダエダリアの暗斑は1975年にはよく観測されましたが、その後1977年にはしだいに淡くなってしまいました。なお、2001年にはダエダリアは薄暗い地域として観測されていました。


さて、2001年の大黄雲発生のあと、火星の表面模様になにか変化はなかったのでしょうか。火星の観測者は、2003年の火星の表面の模様を期待感をもって眺めてきました。そして、2001年の大黄雲の影響とも言うべき模様の変化を認めることができました。

図1 1971年と1973年の火星地図(京都大学の宮本正太郎博士による)

出典:東海大学出版会、東海科学選書 宮本正太郎著 「火星」

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注目のダエダリアは・・・

2001年の観測シーズンの終わり頃には大黄雲が次第におさまり、火星表面の本来の模様が透けて見えるようになってきました。しかし、火星は遠ざかり、視直径はどんどん小さくなっていきました。観測条件がどんどん悪くなる中、小さくなった火星の観測画像から、ダエダリアに再び暗斑の出現を感じさせる報告が届きましたが、残念なことにそれ以上の情報は得られませんでした。


いよいよ2003年の観測シーズンが始まり、世界中の観測者がこの地域が見えることを期待しました。しかし残念なことに、世界中の観測者も良い条件を得ることができないまま、今日をむかえていました。

図2 マーズ・グローバル・サーベイヤ(MGS)の2001/2002/2003年の観測画像(画像提供/NASA)

火星を周回しているMGSの観測で、2001年6月の大黄雲発生前と、2002年8月、2003年2月のソリス〜ダエダリア付近の画像の比較。(画像を拡大)


ところが、2003年2月14日のMGSの画像(図2)が公開されましたが、それには期待していた新しい模様が現われていました。図3にMGSの2001年6月1日(大黄雲発生前)、2002年8-9月、2003年2月14日の公開画像から作成したソリス〜ダエダリア地方の展開図を示します。また、この図には地上からの2001年6月12日の池村俊彦氏の画像と、2003年5月のD.Parker氏(米国)の画像を加えてあります。これらの画像を比較してみると、2001年の大黄雲の影響でダエダリア地方が濃化している様子が明らかに見られますが、1975年に確認されたダエダリアの暗斑とは大きく異なっていることが分かります。見比べるときの基準としては、マリネリス渓谷の西の端と、タルシスの西に位置する3つの大きな火山がよいでしょう。雲がかかっていて鮮明な火星面が見えているわけではありませんが、渓谷や火山の位置の相互関係を見比べると良く分かると思います。


結果として、3つある火山のもっとも南にある、アルシアシルバ(西経125°南緯4°)のすぐ東側(画像では左)が大きく変化していて、2002年には暗い円形の模様が出現しています。注意深く見ると、中央の明るい部分は大黄雲発生前の2001年にも見られますから、その南東(画像では左上)側が濃化したことになります。この変化は2003年5月のD.Parker氏の画像でもとらえられており、ソリスの西側に暗斑が生まれています。


MGSでの撮影条件がはっきりしないので詳しくは論じることはできませんが、大きな変化があったことは確かです。おそらく、大黄雲の時に起こった大規模な砂嵐の結果、表面を覆う砂などの堆積物に大きな変動が起こったものと考えられます。近くに大規模な渓谷があることから、地形と大きく関わっていることがうかがえます。

図3 2001/2002/2003年のダエダリアの変化

画像/池村俊彦氏(名古屋市)、Don Parker氏(米国)、NASA提供(画像を拡大)

図4 MGSと地上観測との展開図による比較

上段/池村俊彦氏の2001年5月13日〜6月17日の画像(8枚)
中段/MGSの2001年6月1日の画像(2枚)
下段/MGSの2003年2月14日の画像(6枚)、展開図作成:伊賀
上段と中段の同時期の画像を比べると、地上観測とMGS観測との感色性の違いが分かる。下段は2003年2月のMGSの観測だが、2001年の大黄雲の影響で、ソリスの西(右)のダエダリアが濃くなっていることや、シルチスが細くなっているなどの変化が見られる。(画像を拡大)

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ソリスからネクター付近の変化

図5 2001年のソリス〜ネクター地方

画像/池村俊彦氏(名古屋市)、30cm反射、NEC PICONA

ソリスのすぐ東隣にネクター(西経70°南緯23°)と呼ばれる暗い模様があります。2001年の観測では非常に暗く観測されていました(図5)。2001年と2002年のMGSの画像を比較してみると、このソリス〜ネクター地方は非常に大きな変化をしています。2001年を基準としてその変化を図6にまとめました。まず、ソリスが大黄雲発生によって北に寄り、形も大きく変わっています。またネクターは暗色模様が東に寄って明るくなっています。


重要なことは、この地方は2001年の大黄雲が東に拡張していた際に、大規模な砂嵐が長い間(約7日間)停滞していた部分に相当していることです(図7)。図4上の模式図で塗りつぶした領域が、砂嵐の活動の活発であった場所を示しますが、2001年の大黄雲の影響が残っているダエダリア〜ソリス〜ネクター地方は、まさにこの活発な黄雲の活動領域に一致しています。

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図6 ソリス〜ダエダリア地方の変化

上図/2001年の大黄雲の活発な活動領域
下図/変化の模式図、作成:安達 誠(画像を拡大)

図7 2001年大黄雲の活動

画像/池村俊彦氏(名古屋市)、30cm反射、NEC PICONA(画像を拡大)

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南極冠の大変化

図8 縮小する南極冠(1988年)

スケッチ/安達 誠

 極冠の縮小は、極冠の周辺から少しずつ溶けることから始まります。そして全体が一様に溶けるのではなくて、経度によってばらつきがあることも良く知られていますし、極冠の割れ目も観測されます。そして、季節が夏に向かうにつれて極冠はどんどん小さくなり、非常に小さな極冠になります。大きさが余りに小さいために、いつまで残ったかは分かりにくいのですが、最後にはなくなってしまいます。図8は1988年11月に観測された小さくなった南極冠のスケッチです。


しかし、今シーズンの南極冠の見え方はこれまでと大きく異なった展開になっています。例年の火星だと、5月初め頃には南極冠は最大の大きさになっていて、南極をおおう南極雲が晴れる5月中旬にその輝く姿を見ることができるはずでした。しかしながら、今シーズンは南極雲が晴れると南極冠の中央が暗くなっているのです。5月2日の画像(図9 池村氏・畑中氏の画像)から南極冠の中央が暗くなっている様子がとらえられています。最近の画像(5月28日:中西氏、6月4日:永長氏、6月5日:柚木氏)では、さらに南極冠の中央部が暗くなっており、あたかも中央部のドライアイスの氷が溶けかかっているかのようです。


今後、南極冠がどのような変化を見せるか、これは大変重要な課題となりそうです。


図q 2003年5-6月の南極冠の変化

撮影/池村俊彦氏、畑中明利氏(三重県)、中西英和氏(愛知県)、永長英夫氏(兵庫県)、柚木健吉氏(大阪府)(画像を拡大)

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