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大接近を2ヵ月後にひかえた火星に大黄雲が発生。 7月1日にヘラス北部に発生したダストストームが東に発達するとともに、7月4日には1956年と1971年に見られたノアキスにも大きく発達した。 最新の観測から今回の大黄雲の活動を紹介しよう。 7月中旬には活動が収まっているが、黄雲発生の活発な時期はまだこれからで、まったく火星から目が離せない。 |
7月1日UTに米国のパーカー(Don Parker)氏から、ヘラスの北端に黄雲(ダストストーム)の発生を伝える画像が送られてきました(画像1)。この黄雲は、その後の観測で東に急速に広がり、さらに7月4日UTにはヘラスから西のノアキスにも大きく発達する様子が観測され、2003年8月27日の火星大接近の前の大黄雲発生となりました。ただし、今回の大黄雲は火星を一周したり、さらに2001年の時のように全球的にダストストームがおおってしまうこともないようです。7月10日UT頃には大黄雲の活動は衰えてしまったようですが、大きな模様の変化が大黄雲による痕跡として残っています。
画像1 2003年7月の大黄雲の観測画像 撮影/D.Parker(40cm、米国)、田中一幸(20cm、東京都)、畑中明利(40cm、三重県)、T.W.Leong(25cm、シンガポール)、E.Ng(25cm、香港)、柚木健吉(20cm、大阪府) |
今回の大黄雲の発生地点であるヘラス付近は、この時期には米国でしか観測できない経度でした。大黄雲発生初期の観測は、パーカー氏、グラフトン(Ed Grafton)氏、ムーア(David Moore)氏、シェロッド(Clay Sherrod)氏等の米国の独壇場でした。2001年の大黄雲発生を幸運にもとらえることができた日本の観測者も、大黄雲の観測のために待機をしていました。しかしながら、日本のほとんどはあいにくの梅雨の最中にあり、思うような観測ができずにいました。ようやく7月4日UTに田中一幸氏(東京都稲城市)がサイパンで撮影された画像で、サバエウス東部からデューカリオンに発達する黄雲をとらえ、翌7月5日UTに畑中明利氏(三重県熊野市)が、さらにノアキスに西進し発達する黄雲の画像をとらえることができました。今回の大黄雲の観測は、その発生初期から東に発達して衰える様子を米国で、ヘラスの発生地点から西に発達する様子を日本や韓国、香港、シンガポールなどの地域でとらえることができました。そして大黄雲の大きな痕跡の観測も東アジアとなり、残念ながらヨーロッパでは全く観測できませんでした。
表 大黄雲の発生時期 |
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今回の大黄雲の発生場所であるヘラス北端は、2001年の大黄雲発生地点とほぼ同じと考えてよく、不思議な因縁を感じさせます。火星の季節を示す黄経Lsを考えると、南半球ではLs=180°が春分、270°が夏至にあたります。火星の場合も地球と同じで、夏至の時に太陽高度が最大となり、日射量が多くなります。夏が近づき、地面が暖められることで上昇気流が起こり、雲やダストストームが発生しやすくなります。今回の大黄雲の発生はLs=213°で、火星の季節では南半球の春になります。過去に発生した大黄雲の発生時期を画像2と表にまとめましたが、非常に早い季節に発生した2001年を除いても、今回の大黄雲はまだ早い時期に起こっています。
画像2 過去の大黄雲の発生 (上段が南半球、下段が北半球の季節を表わす。黒字がLs、緑字が見られる月を示す)(画像を拡大) |
NASAの火星周回探査機マーズ・グローバル・サーベイヤ(MGS)が、6月29日にシルチスのすぐ東のイシディスとエリシウムにダストストームの発生をとらえました(画像3)。地表が暖められていて、いつダストストームが起こっても不思議のない状況だと伝えていました。これに先立って、6月27日頃からヘラスが黄色っぽくなって、ダストのベールがおおっている様子が地上観測からとらえられています。今シーズンのヘラスは、明るい円形の砂漠ではなく、今までにないほど暗く見えていました。地域全体が暗くなるということは、太陽からの輻射熱を吸収しやすくなり、ダストストームにつながる温度上昇を引き起こすことが予想されます。2001年の大黄雲が発生する直前にもヘラスをおおうダストが見られたことで、今回も同じような経過をたどって、大黄雲発生の引き金になったと考えられます。
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大黄雲は7月1日UTに、ヘラス北部(290°W,30°S)で発生しました。翌2日UTにはダストストームがやや東西に伸びています。3日UTにはヘラス北部でさらに拡がると同時に、一気に東(画像では左)のヘスペリア(240°W,20°S)付近に淡いダストが見られます。このダストはヘラスから伸びたのか、新しく発生したものかは断定できませんが、移動の速度から考えると連鎖的に発生したように考えられます。4日UTにもこれらの2つの地域のダストストームは活発でしたが、5日UT以降ではヘスペリア付近のダストは淡くなってしまいました。6日UTにはヘラス付近のダストストームは南東(左上)に大きく拡がり、活動の主体が南にシフトしました。8日UTにはキンメリアの南までダストが淡く伸びていますが、それ以降は急速に活動が衰えていきました。
今回の大黄雲の活動はヘラス北部から東進するだけでなく、西にも発達する様子がとらえられたことが特徴です。2001年の大黄雲は、ヘラス付近から東進し、連鎖的にダストストームが発生しましたが、西側への移動は見られませんでした。4日UTのパーカー氏の画像で、ヘラスからのダストがヘレスポントス(330°W,40°S)を横切って西(右)に伸びています。このダストを5時間後に正面でとらえたのが田中一幸氏の画像です。サバエウスの南東のデューカリオン東部(330°W,20°S)にダストが伸びている(あるいは新たに発生している)様子がはっきりわかります。ダストが平仮名の『つ』のような形をして西に拡がっていて、翌5日UTの畑中明利氏の画像ではノアキスに大きく拡がりました。このノアキスのダストストームの動きは、1956年と1971年の大黄雲の発達の様子に似ています。南西方向(右上)に拡がったダストストームは、7日UTの畑中氏の画像でノアキス全域をおおっている様子が分かります。ただし、ノアキスに発達したダストストームは、東に伸びるダストと同様に、8日UT以降は急速に勢力が衰えています。
画像5 大黄雲発生後に現われた新しい模様 大黄雲によって、デューカリオン〜ノアキス北東部が暗化、ヘラスが本来の明るさを取り戻した。撮影/永長英夫(25cm、兵庫県)、風本 明(31cm、京都府)、柚木健吉(20cm、大阪府)(画像を拡大) |
ノアキス地方のダストストームが収まった9日UT以降に、デューカリオン〜パンドラ〜ノアキス北東部にかけて、新しい暗い模様が出現しました(画像5)。大黄雲発生前の6月4日の画像と比較すると、その変化がいかに大きいものであるかが分かります。しかも、この地域の暗化は、7月4日UTにダストストームが侵入した直後に一気に起こっていることも興味深い現象です。その証拠は、7月4日、5日、7日UTの画像にあります。ダストそのものは黄色に写っていますが、その隣接した部分に明らかに黒くなった模様が見られます。この暗くなった領域は、地表をおおっていた砂がダストストームによって巻き上げられ、その下にあった暗い地表が露出したからだと考えられます。こうしてダストの晴れた8日UT以降には、広い範囲で暗くなった模様が出現したことになります。これほど広大な地域が一気に出現した例は過去にはなく、非常に珍しい現象です。また、16日UTの画像を見ると、今シーズンは暗いままであったヘラスが、円形の盆地としてはっきりと見えるようになりました。これも今回の大黄雲の影響と考えられます。
画像6 MGS/TESによる火星大気のダスト量の観測 ヘラス北部に発生したダストが、3日UTに東へ、5日UTには西に拡張している。画像/NASA提供(画像を拡大) |
7月1日にヘラスに発生した今回の大黄雲は、東西にダストストームが発達する様子がとらえられましたが、7月8日以降には急速に勢力が衰えました。これらの活動は、MGSの熱放射分光計(TES)で毎日観測されていて、インターネットで公開されています(http://emma.la.asu.edu/)。画像6には、3日UTにヘラス北部のダストの活動が東に拡がり、5日UTに一気に西のノアキスに拡張するMGS/TESの観測を掲載しました。地上からの観測結果は、ほぼMGS/TESの観測と一致しています。MGS/TESの9日UT以降の観測でもダスト濃度は急速に減っていますが、大気に漂うダスト量の増加によって太陽熱を吸収したために、大気温度が南半球の中緯度地方の全域で高くなっていることを示しています。これらのことから、再びダストストームが発生する可能性も期待されます。
大接近を迎える火星の観測画像は、以下のWEBサイトで毎日更新されています。