月惑星研究会関西支部トップページ > 出版物ページ >

天文ガイド 2003年11月号
 
『2003年火星大接近前半のハイライト』
共同執筆者:安達 誠
【大接近前半のハイライト】 |  最初の観測 |  2003年2月〜3月:初期の観測 |  2003年4月:まだまだ視直径が小さい | 
2003年5月:南極冠の中央部が暗い。ソリスの変化。 |  2003年6月:南極冠に暗い筋状模様が見える。 | 
2003年7月:ヘラスに大黄雲発生。デューカリオンに異変発生。 |  2003年8月:クリセに2回目の黄雲発生。いよいよ大接近。 | 
2003年9月:縮小の進む南極冠 | 
【ハッブル宇宙望遠鏡が示す火星の変化】 |  A) ソリス付近 |  B) シルチス付近 |  C) サバエウス・シヌス付近 | 
【南極冠の縮小】 |  永久南極冠

大接近前半のハイライト

15年ぶりの火星の大接近は、8月27日に視直径25.1秒に達し、今年の夏は惑星観測者のみならず火星に大きな関心が集まりました。今シーズンはToUcam ProカメラとRegistaxの組み合わせによって、これまでとは比較にならないほどの高品質画像が得られ、またその観測の手軽さが受けたのか、観測者も画像数も飛躍的に増えました。火星は12月上旬までは視直径10秒を超えていますので、まだまだ観測は続けられていますが、今年の大接近の前半のハイライトを国内の観測者のスケッチや画像でご紹介します。

ページトップへ

最初の観測

大接近に向けて月惑星研究会関西支部に寄せられた観測報告の最初は、イタリアのフラサッティ(M. Frassati)氏の眼視スケッチでした。2002年10月18日の観測で、視直径は3.7秒でした。国内では、2002年11月6日に永長英夫氏(兵庫県)が初めての画像を、11月15日には安達が眼視スケッチを得ています。ただし、視直径が4秒にも満たないので明確な模様をとらえられませんでした。しかしながら、英国のピーチ(D. Peach)氏は、11月13日から今年2月までカナリア諸島にて冷却CCDによる観測を行い、驚異的な画像を得ています。

ページトップへ

2003年2月〜3月:初期の観測

国内の観測は視直径が6秒を超えた2003年2月頃から本格化しました。それまではDE(火星面中央緯度)がプラスで、南極付近は地球から見えない位置関係にあり、2月下旬にDE=0度からマイナスになって南極付近が観測できるようになりました。2月24日の伊賀の観測では、南極雲が初めて見られました。火星の季節を示すLsは143度でしたが、もっと早い時期に南極雲は形成されていたと考えられます。3月の池村俊彦氏(名古屋市)や安達の観測では、はっきりと南極雲が見られ、またヘラスが通常見られるように明るく観測されました。南極冠はこの頃に最大になると予想され、その後は次第に縮小するのですが、DEの関係で南極付近が良く見えるようになるので逆に大きくなったかのように見えていきます。

ページトップへ

2003年4月:まだまだ視直径が小さい

4月には視直径は7-9秒台になりましたが、まだ大まかな模様を確認できる程度でした。南極雲がおおっているために、その下にある季節的南極冠はまだ見えません。4月6日の風本明氏(京都市)の観測では南極冠を取り巻く暗いバンド(ダークフリンジ)が目立ってきました。4月にNASAはMGS(マーズ・グローバル・サーベイヤー)が2月に撮影した画像を公開しましたが、それによると2001年の大黄雲の影響でダエダリアに暗い模様が出現していることが分かりましたが、4月17日の池村氏の観測ではまだダエダリアを確認することはできませんでした。

ページトップへ

2003年5月:南極冠の中央部が暗い。ソリスの変化。

視直径が10秒を超えた5月中旬にいよいよ南極雲が晴れて、巨大な季節的南極冠が姿を見せてきました。ところが、明るく輝く南極冠の中央部に暗い模様が見えています。これまでこのような季節(Ls=180)に見えたことはなく、観測技術の進歩によって過去にないほど早い時期に観測されたものです。5月23日の新川勝仁氏(堺市)は、ダエダリアの暗化した模様をようやくはっきりととらえ、またソリスの変化もとらえた貴重な観測を得ました。

ページトップへ

2003年6月:南極冠に暗い筋状模様が見える。

南極冠の内部には中央部だけでなく、暗い筋状の模様が目立ってきました。これは季節的極冠を作るドライアイスの霜が周りよりも早く溶けている場所です。次第に大接近の時に見られる極冠の溶け方に似てきました。6月5日の柚木健吉氏(堺市)の観測ではヘラスが4月からずっと暗くなっている様子がとらえられています。このために太陽輻射熱を吸収しやすくなっていて、7月初めの黄雲発生につながったのかもしれません。6月20日の池村氏の画像で、左端のタルシスの山にかかる雲が白く見えていますが、前半はほとんど雲は見られませんでした。6月26日の熊森照明氏(堺市)は、ソリスからダエダリアの変化の詳細をとらえていますが、今シーズンのソリスはカエルが張り付いているように見えます。

ページトップへ

2003年2月〜6月

(画像を拡大)

2003年7月:ヘラスに大黄雲発生。デューカリオンに異変発生。

7月1日に米国のパーカー(Don Parker)氏が、ヘラス北部に黄雲の発生をとらえました。この黄雲は南東方向にアウソニアからキンメリウム南部まで広がる様子が米国で観測されました。同時にヘラスから西方に向かう活動として、7月4日には田中一幸氏(東京都)がサバエウス・シヌスに拡がる黄雲を、7月5日・7日には畑中明利氏(三重県)がデューカリオン東部からノアキス東部に一気に広がる様子をとらえています。どちらも7月8日頃までの短い活動で、地域的黄雲に終わりました。しかしながら、黄雲の晴れた直後の7月10日に、デューカリオンからノアキス東部にかけて、黄雲によってできた新しい模様が出現したのです。


南極冠は晩春になって、内部を分割する亀裂が見え、極冠の周辺にはいくつかの輝点が見えてきました。また、夏の間にも溶けずに残っている永久南極冠の姿が分かるようになりました。7月16日には4月からずっと暗かったヘラスが、黄雲発生後にようやく本来の明るさを取り戻しました。7月中旬には視直径が20秒を超え、とても細かな模様をとらえることができるようになりました。7月21日には、キンメリウムから垂れ下がる2本の雫が見えますが、この模様は1988年の大接近時にピック・デュ・ミディ天文台で撮られた画像で有名なものです。その後はハッブルの画像ではとらえられるものの、地上からの観測では米国のパーカー氏がわずかにとらえているだけという難しい対象でした。また、7月26日の画像の左下にオリンピア山がむき出しのままでとらえられるなど、観測技術の格段の進歩に驚くとともに、大接近がとても楽しみになってきました。

ページトップへ

2003年8月:クリセに2回目の黄雲発生。いよいよ大接近。

7月29日に米国のグラフトン(E. Grafton)氏が、ルナ・ラクス北東のニロケラスに輝点を観測し、翌30日にはクサンテからクリセに黄雲に成長する様子をとらえました。31日以降には日本でも黄雲の観測が可能になり、31日の熊森氏の画像ではクリセに、8月1日/2日には荒川毅氏(奈良市)の画像ではマルガリティファー・シヌスからアウロラエ・シヌス、さらに南のエリュツラに拡がっていく様子が観測されました。今シーズンで2回目の黄雲発生でしたが、今回も地域的黄雲で短期間の活動でおさまってしまい、8月4日には通常の模様に戻りました。


南極冠は内部には暗い筋状の模様が複雑に見え、初夏をむかえ次第に縮小を続けました。それも周囲が均一に縮小するのではなくて、偏心しています。縮小が進んでくると、南極冠の周囲には凸凹が目立つようになります。そうした中で、8月12日に見られるように、ミッチェル山が南極冠から分離して見えてきました。8月中旬を過ぎると南極冠の縮小は一気に加速したようです。


8月27日の大接近は視直径が25.1秒に達し、当日は全国的に観測条件に恵まれなかったようですが、前後の10日間は25秒を越える大きさの火星を堪能することができました。なお、8月25日の画像は、気流の影響の少ない天頂付近での観測が可能なオーストラリアまで遠征された福井英人氏(京都市)の画像を紹介しました。

ページトップへ

2003年7月〜8月

(画像を拡大)

2003年9月:縮小の進む南極冠

9月に入ると、南極冠はとても小さくなってきました。9月1日の画像では、155Wにあるティレス・モンスが南極冠の北縁から逃げ出すように見えています。さらに、9月11日および17日の池村氏の画像では、ミッチェル山が完全に南極冠から分離しています。1ヵ月後に日本でこの経度が見えるようになった時には、視直径が小さくなっていますので、ミッチェル山はもう見えないでしょう。

ページトップへ

2003年9月

(画像を拡大)

ハッブル宇宙望遠鏡が示す火星の変化

NASAはハッブル宇宙望遠鏡(HST)を使って、2年2ヶ月毎に訪れる火星の接近の画像を公開しています。これまでに、1995年2月、1997年5月、1999年5月、2001年6月と、今回の大接近時の2003年8月の画像が公開されています。いつも全周が分かるように撮影しているわけですが、2001年は予想よりも早く大黄雲が発生したために、HSTでのクリアな全周の画像はありませんでした。1995年から1999年の画像を比較してみると、南北の極冠や雲を除いて、地表の模様は全くといって良いぐらい変化がありませんでした。クレーターや小さな暗色模様に至るまで一致しており、模様が変化するには地上からでも観測できるような大規模な大黄雲の発生が必要だと考えられます。

画像4 ハッブル宇宙望遠鏡による模様の変化

画像提供/NASA 展開図作成/伊賀祐一(画像を拡大)

ページトップへ

A) ソリス付近の変化

2001年6月に24年ぶりに発生した全球的な大黄雲によって、表面模様がどのように変化したのかを、HSTの1999年と2003年の公開画像から作成した展開図で比較してみました(画像4)。これらで変化のあった箇所を黒丸で囲ってあり、その拡大図を画像5に示します。Aはソリス(90W,25S)付近で、2001年の大黄雲でもっとも大きな変化が起こった地域です。中央のソリスは、「火星の眼」と呼ばれるように横長の楕円形をしていましたが、今年は南北に伸びた形に大きく変化しました。また、ソリスの右のダエダリア(120W,30S)にはこれまでみられなかった暗色模様が出現しました。この新しい模様は、2001年の大黄雲で激しい砂嵐が観測された地域に一致し、また1971年のノアキス(350W,45S)の大黄雲でもこの地域に大きな模様が作られたことがあります。MGS(マーズ・グローバル・サーベイヤー)の画像からこの地域には大規模な谷があり、何らかの地形の影響があったものと考えられます。また、ダエダリアからソリスの間には大規模な山岳地形があり、2001年の砂嵐が山岳部から砂漠に急激に流れ込んだことも、大きな模様の変化に影響していると考えられます。

画像5 1999年と2003年との模様の変化の説明

画像提供/NASA(画像を拡大)

ページトップへ

B) シルチス付近の変化

次に、Bはシルチスを示していますが、2001年の大黄雲の後で東西の幅が狭くなりました。以前は四角張っていたシルチスですが、西側(右)が淡くなって、ややほっそりとしています。今シーズンの観測で、シルチスの西部が二重に見える時がありましたが、その現象を裏付けています。また、シルチスのすぐ南東(左上)にあるリビヤ(275W,0S)盆地が南に広がり、その東(左)にある小シルチス(260W,0S)がはっきりと見えています。リビヤも2001年の大黄雲で大規模な砂嵐が観測された地域で、これらの変化も大黄雲の影響と考えられます。

ページトップへ

C) サバエウス・シヌス付近の変化

もう一つのCはサバエウス・シヌス(サバ人の湾)付近の変化ですが、実はこの大きな変化は2001年の大黄雲ではなく、今年の7月1日に発生したヘラス北部の黄雲によって引き起こされたものです。ヘラス北部の黄雲は活動が東西に分かれ、7月4日にサバエウス東部に砂嵐が発生しました。その後、砂嵐は急速に南西に広がり、デユーカリオン東部、パンドラ東部、ノアキス東部に伸びていきました。そして、砂嵐のおさまった7月9日に、Cに見られるようにこれまで見たことがない濃い暗色模様が出現したのです。大黄雲の強い上昇気流によって、地表の細かな砂の粒子が吹き飛ばされてしまい、その下の暗い地表が露出したものと考えられます。大黄雲の激しさと、それによって引き起こされた暗色模様の出現は、今年の大接近前半のハイライトでした。

ページトップへ

南極冠の縮小

南極冠は次第に小さくなってきています。一般的に周辺から次第に小さくなってくるような印象を受けますが、じつはそうではありません。8月20日の図では西経20°辺りの部分の明るさが低くなっていることが分かります。季節的南極冠の大部分はドライアイスが積もってできています。気温が上がり、ドライアイスが昇華していき、西経20°付近では、おそらくあちらこちらに、ドライアイスがまだ昇華できずに残っていると思われます。9月1日からの図によれば、この付近が一気に消え去り、小さくなった様子がとらえられています


西経300°付近にある極冠の尖った部分はミッチェル山です。この部分は山と言うよりも半島状に突き出た部分になっています。日が経つにつれてこの部分は小さくなっていきます。シーイングが良くないと、肉眼ではしだいに見えにくくなっていきます。どこまで見えるか注目したいところです。

画像6 南極冠の縮小

作成/安達 誠(画像を拡大)

ページトップへ

永久南極冠

永久南極冠は西経60°くらいの部分にあり、中心からはずれています。たくさん集まってくる画像の中には、それらしきものの写ったものがありましたが、残念なことにはっきり分かるものは報告されてきませんでした。極冠が小さくなると、永久南極冠と季節的極冠との区別がつきにくく、見分けが困難になります。良い気流でしっかり観測したいところです。


従来の肉眼による観測では、この大きさになった極冠の内部を見ることは、非常に困難で、過去の観測でも永久南極冠らしきものを観測記録したものはないに等しい状況です。これからは、観測機材が肉眼ではなく、画像になりまるから、新しい情報が入ってくるものと思われ、大いに期待できます。

ページトップへ