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世紀の大接近となった昨年の火星画像を見ると、ToUcam PROカメラによる撮影という作品がかなり多く発表され、読者の皆さんも大きな興味を持たれたことでしょう。かつてないほどの高解像度の画像が得られるということで、多くの観測者がToUcam PROに切り替えてしまうほどで、惑星の撮影機材がここまで一変したことはかつてなかったことです。
ToUcam PROは、一般的にWEBカメラとして知られるもので、パソコンに接続して動画を記録するビデオカメラです。パソコンとはUSB接続でつないで、得られた動画をAVI形式の動画ファイルとしてパソコンのハードディスクに直接に書き込みます。パソコンどうしの安価なテレビ会議などで利用されています。各社からWEBカメラが発売されていて、価格も数千円からとお手軽な値段です。では、どのようなWEBカメラでも惑星撮影に向いているかというと、決してそうではありません。フィリップス社が発売しているToUcam PROカメラは、CCD素子(ソニー製)を採用し、1ルックス以下とかなり低照度まで感度があります。さらに、ゲインや明るさの調整によって、真っ暗な背景に輝度差のある惑星の模様に露光を合わせることができます。また、記録されたAVIファイルの圧縮率が低く、後で行う画像処理に有利なカメラである特徴があります。デジタルビデオカメラ(DVカメラ)も同じように惑星の撮影に有利なのですが、ハードウェアやソフトウェアを利用してAVI形式に変換する手間がかかってしまいます。ToUcam PROでの撮影の手軽さや、簡単に画像処理を行えることが、普及の大きなポイントになっています。
図1 ToUcam PROとToUcam PRO II どちらも100gぐらいで軽量で、扱いが容易。 |
ToUcam PROは、実は昨年春には製造中止になっていましたが、フィリップス社は昨年秋に後継機ToUcam PRO IIを発売しました(図1)。ToUcam PRO IIは実際に惑星を撮影して、全く性能的に変わっていないことを検証しています(本誌1月号惑星の近況参照)。これで在庫がないという心配はなくなりましたが、やはり国内販売はされていませんので、インターネット・ショップからの輸入となります。いくつもサイトがありますが、私自身が実際に輸入したサイトをご紹介します。
撮影後の動画を処理するために、Cor Berrevoets氏(オランダ)が作成したフリーウェアのRegistax(入手先:http://aberrator.astronomy.net/registax)があります。ToUcam PROが優れているのは間違いありませんが、Registaxによる動画像処理ソフトがなかったら、これほどまで普及しなかったでしょう。
Registaxには動画像を処理する4つの大きな機能があります。まず、ビデオ画像からの良像自動選別によって、1000-2000フレームの画像からシーイングの影響を受けていない良像フレームをランキングします。次に、自動アラインによって、多数の画像を重ね合わせるための位置決めを行います。そして、1000フレームほどの良像だけのスタック(画像のコンポジット処理)を自動で行い、ノイズのない滑らかな画像を作成します。最後に、ウェーブレット変換という独自の画像処理によって、高解像度の惑星画像を得ることができます(図2)。作例に示すように、スタック画像から簡単なスライドバーの操作だけで、惑星の微細な模様が浮かび上がってくることに本当に驚かされます(図3)。また、説明するととても難しそうに見える処理なのですが、これがかなり自動化されていますので、とても少ない操作で結果が得られるという簡便さは大きな魅力になっています。
図2 Registaxによる画像処理 スタックされた画像にウェーブレット変換による画像処理によって、微細な表面模様が浮かび上がってきます。(画像を拡大) |
図3 ToUcam PROとRegistaxの組み合わせによる作例 28cmシュミットカセグレインによる2003年9月8日の火星。ToUcam PROの1フレームはノイズが多いが、スタックすることで滑らかな画像が得られ、ウェーブレット変換によって高解像度の火星像を得られます。(画像を拡大) |
ToUcam PRO+Registaxの組み合わせによって、大量の動画フレームから良い画像だけをスタックして、高解像度の画像を簡単に得られるようになりました。私は、「使用されている機材の口径は確実に5cmアップし、シーイングは2/10段階は得をしますよ」と、いつも紹介しています。これから観測の好シーズンをむかえる土星や木星に対しても、火星の黄雲の発生を克明にとらえることができたように、大きな成果を生んでくれるものと期待しています。