天文ガイド
2008年9月号
今シーズンの木星の観測 −その見所と観測の際のポイント−
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夜半前の南の空では、衝を過ぎたばかりの木星が明るく輝いています。気流が安定する夏は惑星面を観察するのに適していますので、この機会に望遠鏡を向けてみることをお勧めします。
また、近年はインターネット上で木星画像が数多く公開されていて、世界中から集まる探査機並みの高解像度の木星を、いつでも自由に見ることができます。
ここでは、実際に木星を観測したり、画像を見る際に役立つ木星の基本的情報や、現在見ることのできるいろいろな模様や現象についてまとめます。
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木星面には何本もの縞模様が見られます。これは10時間足らずで自転しているこ
とで、強い自転の効果が働き、帯状流と呼ばれる東西方向の流れが卓越すること
によります。縞模様は、暗いものをベルト(縞)、明るいものをゾーン(帯)と呼び、
図1のような名前が付けられています。ベルトが二条に分離している時は、北組
織/南組織と呼びます(短縮形ではSEBs、EZnのように小文字のnとsを付加)。
図1 木星面の模様と名称 (画像を拡大)
左:2008年7月5日 13:55UT I=80.3° II=102.0°
右:2008年5月28日 15:57UT I=269.5° II=220.6°
撮像:Anthony Wesley氏(オーストラリア、33cm) |
縞模様のパターンや斑点の運動は、東西方向の強い流れ(ジェットストリーム)に
支配されています。一般にベルトの赤道側(ゾーンの極側)には東向きのジェット
ストリームが、極側(ゾーンの赤道側)には西向きのジェットストリームが存在し
ます(図2)。最大のものは赤道帯(EZ)全体を覆うもので、毎秒100mもの東向きの
風が吹いていますし、北緯23°の北温帯縞南縁(NTBs)には、秒速150mを超える最
速のジェットストリームが存在します。ジェットストリームは、時々アウトブレ
ーク(outbreak)と呼ばれる不安定現象を起こし、多数の暗斑や白斑が出現して、
木星面を大きく変化させます。
図2 木星のベルト/ゾーンとジェットストリームのパターン (画像を拡大)
ベルトの赤道側には前進方向の、極側には後退方向のジェットストリームが存在する。 左はボイジャーによる風速データ。 |
木星では風の流れが緯度によって大きく変化するため、3つの経度系が定められ
ています。体系I:9時間50分30.003秒−北赤道縞南縁(NEBs)から南赤道縞北縁
(SEBn)までの赤道部分と、最速のジェットストリームがあるNTBsが適用範囲。体
系II:9時間55分40.632秒−上記以外の中高緯度地方に適用。体系III:9時間55
分29.711s秒−木星から放射される電波(デカメートル波)を基に決められた木星
内部の自転周期。模様の動きを秒速何mと風速で表す場合は、体系IIIを基準とし
ています。木星の経度は西回りに回る西経ですので、自転と共に経度は増加して
行きます。木星の自転は大変速く、1時間に36°も経度が増すので、子午線上の
模様は、1時間で見かけの木星面を1/4以上も左へ移動してしまいます(図3)。
図3 木星の自転による模様の移動
1時間の自転で右から大赤斑とBAが現れ、SSTBの白斑が大きく左へ移動している。 撮像:宮崎勲氏(沖縄県、40cm) |
木星面の模様は大気中の雲なので、上記の経度系に固定されず、緯度毎に固有の
東西運動が見られます。南北に移動することはほとんどありません。模様の動き
を表す際、経度減少方向(自転と同方向)へ動くことを「前進」、経度増加方向
(自転と逆向き)に動くことを「後退」と呼びます。例えば、大赤斑は体系IIに対
してほとんど動きませんが、永続白斑BAは1日当たり約-0.4°の割合で「前進」
します(図4)。
図4 1ヵ月間における模様の移動
上) 2008年3月1日 21:37UT I=261.2° II=162.0° 下) 2008年4月11日 20:28UT I=210.3° II=158.5°
BA(▲)が-0.4°/dayで、SSTBの白斑(▼)が-1°/dayで 前進し、右側の大赤斑に近づいている。 BAはその下にあるSTrZの暗斑に対しても前進している。
撮像:阿久津富夫氏(フィリピン、35cm) |
ベルトやゾーンの中に見られる斑点の多くは、東西流の中にできた渦で、地球と
同じように南半球にある左回り(反時計回り)の渦を高気圧、右回りの渦を低気圧
と呼びます(北半球では回転方向が逆)。大赤斑は典型的な高気圧的渦です。高気
圧的渦には白斑が多く、低気圧的渦には暗斑が多いのですが、例外もたくさんあ
り、ジェットストリーム上に出現する暗斑はどれも高気圧的です。
木星画像を正射円筒図法によって地図状にしたものを展開図(Cylindrical Map)
と呼びます(図5)。複数の画像をつなぎ合わせて全周の展開図を得ると、木星面
がどんな状況にあるか、一度に俯瞰することができます。また、間隔を置いた複
数の展開図を比較すれば、模様の動きや変化を理解しやすいでしょう。展開図は
用途にもよりますが、体系IIを基準として作成した場合、体系Iで動くEZの模様
は位置が不正確になるので注意が必要です。
図5 木星面の全面展開図 (画像を拡大)
1ヵ月間における木星面の変化がよくわかる。 月惑星研究会の観測より伊賀祐一氏が作成したものを改編。 |
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有名な大赤斑(Great Red Spot)は南熱帯(STrZ)にある文字通り赤い大きな斑点で、
SEBに大きな湾入を形成しています。画像で見る大赤斑は、実際に望遠鏡と通し
て見るよりも赤みが強く、内部に核状に濃い部分が見られます。図6は近年の大
赤斑の見え方をまとめたもので、年によって変化してきたことがわかります。
SEBsのジェットストリーム暗斑が大赤斑に到達すると大赤斑の南側が青黒いアー
チで覆われることがあり、アーチの先端が暗条(dark streak)となって、大赤斑
前方のSTrZに長く伸びることもあります。時には、大赤斑が淡化して、暗い模様
に取り囲まれた白斑となってしまうこともあり、このような状態を赤斑孔(Red
Spot Hollow)と呼びます。
図6 大赤斑の変化(2000年〜現在)
撮像:宮崎勲氏(沖縄県、40cm)、Ed Grafton氏(米国、35cm)、Tan Wei
Leong氏(シンガポール、25cm)、熊森照明氏(大阪府、60cm)、福井英人
氏(静岡県、25cm)、Brett Turner氏(オーストラリア、25cm)、
Christopher Go氏(フィリピン、28cm)、永長英夫氏(兵庫県、30cm) |
大赤斑のあるSTrZは、現在は明るいゾーンとして見られますが、昨年は南熱帯攪
乱(South Tropical Disturbance)や循環気流(Circulating Current)といった極
めて珍しい現象が相次ぎました(図7)。今年も赤いリング暗斑(LRS)と大赤斑との
会合現象が観測されています(詳細については観測報告のページを参照)。
図7 昨年の木星面の活動 (画像を拡大)
左:大赤斑後方でSEB攪乱という激しい活動が14年ぶりに見られた。 2007年6月8日 15:25UT I=33.1° II=172.9° 撮像:Christopher Go氏(フィリピン、28cm)
右:SEBsを後退する暗斑が画像右側の南熱帯攪乱でUターンし、 STBnを前進する循環気流が約70年ぶりに観測された。
2007年8月6日 22:14UT I=240.4° II=288.0° 撮像:Fabio Carvalho氏(ブラジル、40cm) |
現在、大赤斑のすぐ南を永続白斑BAが通過中です。BAは1940年頃に誕生した3つ
の白斑が合体したもので、木星面では大赤斑に次ぐ寿命を誇ります。以前から大
赤斑と同じ性質の渦であると知られていましたが、数年前からは赤くなって、本
当に大赤斑のミニチュアのようです。現在は、赤みはやや薄れていますが、高解
像度の画像ではリング構造がよくわかります。BAは体系IIに対して-0.4°/dayの
割合で前進しているので、約2年ごとに大赤斑を追い越します。過去には、追い
抜く際にSTrZに暗い模様が出現したこともありましたが、最近は何も起こらなく
なっています。
今年、木星面で最も活動的なのはSEBです。3月にmid-SEB outbreakと呼ばれる白
雲の湧出現象が2ヵ所で起こり、経度減少方向に広がった結果、現在はベルト内
部に白斑群などによる乱れた明帯(南赤道縞帯:SEBZ)が形成されています。ベル
ト南縁に多数見られる暗斑や突起模様(projection)は、典型的な例だと、SEBsの
ジェットストリームに乗って+4°/dayのスピードで後退しますが、今年はまだ確
認できていません。
SEBは時々淡化してゾーンのようになってしまうことがあります。最近では、昨
年に不完全ながらそのような淡化現象が見られました。淡化したSEBが濃化復活
する現象はSEB攪乱(SEB Disturbance)と呼ばれ、木星面で最も激しい現象のひと
つです。過去には3年おきに淡化とSEB攪乱を繰り返していた時期もありましたが、
近年では珍しい現象になってしまっています。今年のSEBの活動は、昨年のSEB攪
乱の余波なのかもしれません。
永続白斑BAの位置する南温帯縞(STB)は、ほぼ全周で淡い北組織(STBn)のみとなっ
ていて、わずかにBA後方で短いベルトの本体が見られます。その少し後方の南温
帯(STZ)には、小さな白い核を持つまるで目玉のような大型の暗斑があります。
この緯度でこのような模様が見られるのは、珍しいことです。BA前方のSTBn上に
は、小さな暗斑が多数存在します。これらはSTBnのジェットストリームに乗って、
-3°/dayで前進していると思われます。
淡化したSTBの南では、南南温帯縞(SSTB)が太く二条に見えています。ベルト内
部には小さな白斑が全部で9個並んでいます(図5のA0〜A8)。これらは大赤斑やBA
と同じ高気圧性の白斑で、そのいくつかは少なくとも10年以上存続しています。
白斑同士はまれに合体することがあり、過去10年間で少なくとも2回、そのよう
な現象が見られました。白斑と白斑の間は、経度方向に拡大してベルトの淡化部
を形成することがあります(図中のA1とA2、A4とA5の間)。
今年のEZは明るく、NEBsから伸びるひげ条のフェストゥーン(festoon)や赤道上
にある赤道紐(EB)はほとんど見られません。EZ南部(EZs)では、SED(South
Equatorial Disturbance)の活動が見られます。これはEZsの攪乱領域で、2000年
頃から存続し、時々顕著になって注目される模様です。今年はSEBnの切れ目
(rift)と周辺のSEBnの乱れによって存在がわかります。SEBnのriftは大赤斑の北
を通過すると顕著になる傾向があり、次回は8月10日前後と予想されます。
近年、NEBの太さは数年おきに変化しており、今年は大変細くなっています。こ
のような変化は、ベルト北縁(NEBn)の緯度が変化することで起こります。NEBnに
沿ってバージ(barge)と呼ばれる低気圧性の暗斑が多数並んでおり、間の北熱帯
(NTrZ)には高気圧性の小白斑が存在します。白斑は明るいNTrZとのコントラスト
が低く見えにくいのですが、ベルトの拡幅期にはすっぽりとNEBnの中に入ってし
まい、文字通り白斑となってしまいます。このうち、WSZと呼ばれる白斑は1997
年から観測されている長命な模様で、他の模様よりも速く前進するため、行く手
にあるバージを壊したり、小白斑との合体を繰り返しています。
図8 NEBの太さの比較
左:2005年5月4日 撮像:永長英夫氏(兵庫県、30cm)、 右:2008年6月4日 撮像:Christopher Go氏(フィリピン、28cm) 復活したNTBにも注目。 |
近年の北温帯縞(NTB)は淡化してほとんど見えなくなっていましたが、昨年NTBs
のジェットストリームのoutbreakによって濃化復活しました。今年は北組織
(NTBn)が形成されて、ベルトが異常に太くなっています。また、オレンジ色が鮮
やかで、昨年のoutbreakの影響と思われます。
NTBの北には北北温帯縞(NNTB)がありますが、今年は淡く不明瞭です。さらに北
の北北温帯(NNTZ)には、メタンバンドで明るく写る高度の高い白斑がいくつかあ
ります。
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メタンバンド画像とは、メタン分子(CH4)によって吸収される特別な波長、メタ
ン吸収帯(methane absouption band)を用いて撮像した画像です。近赤外域の中
で890nmの波長は吸収が強く、また可視光に近いため、アマチュアでも観測可能
になっています。実際の撮像は、特定の波長だけを透過する干渉フィルターを用
いるのですが、木星像が非常に暗くなるため、長い露出が必要になります。メタ
ンバンド画像の解像度が概ね低いのは、そのためです。
さて、メタンバンド画像は、模様の色(波長にによるアルベドの違い)を記録する
通常のフィルター画像と何が違うのでしょうか。メタンは凝結点が低く、木星大
気中では気体の状態で存在します。太陽光が木星大気を通るとメタンバンドの波
長は吸収されるので、雲に反射して宇宙空間へ戻る間に少なくなってしまいます。
大気中を通過する光の経路は、大気中の高いところにある雲の方が、低い雲に比
べて短いので、メタンによる吸収も小さく、画像では相対的に明るく写ります。
こうして、メタンバンド画像では、木星の模様の高低を知ることができるのです
(図10)。
図10 メタンバンド画像の解説 (画像を拡大)
木星大気に含まれるメタン分子によって光が少しずつ吸収されるため、 大気中を進む距離が長いと、宇宙空間に戻る光は少なく(暗く)なる。 |
図9は阿久津富夫氏によるメタンバンド画像です。両極地方が明るいのは、極周
辺の高いところにヘイズの層があるためです。他の緯度では周辺減光が強く働く
ため、木星像が普通とは逆に縦長に見えるのも、メタンバンド画像の特徴です。
画像では大赤斑とBAが明るく、これらの模様が極めて高い所にあるということが
うかがい知れます。ベルトやゾーンのパターンは可視光とほとんど同じに見えま
すが、これらも縞模様の明暗ではなく、ベルトは低く、ゾーンは高いということ
を示しています。SEBやNTBなどのベルトは昨年、大規模に淡化しましたが、この
時でもメタンバンド画像では、通常と同じ暗いベルトとして写っていました。
(図11)。これは、淡化したベルトでも本質的な雲の構造は変化していないという
ことを示唆しています。このように、メタンバンド画像は、木星の模様の鉛直構
造という、我々が直接見ることのできない情報を与えてくれる「窓」と言えるか
もしれません。
図9 メタンバンドによる木星画像
008年5月19日 18:51UT I=87.1° II=105.4° 大赤斑やBAはメタンバン ドで明るく写る。北半球高緯度にもメタン白斑が見られる。 撮像:阿久津富夫氏(フィリピン、35cm) |
図11 メタン画像と可視光画像の比較
可視光画像ではNTB(矢印部分)が消失しているが、 メタンバンド画像では普通のベルトとして見られる。2007年4月6日 撮像:福井英人氏(静岡県、35cm) |
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