天文ガイド 惑星サロン2012年7月号 (No.118)安達誠

古い眼視観測から

火星の表面から雲のようなものが立ち上がった。今回だけのきわめて珍しい現象 のように見えるが、実はそうではないらしい。調べてみると、過去に何度もそれ らしいものが記録されている。近年では、2003年に今回とよく似た形状のものが 宮崎勲氏(沖縄)によって記録されているし、古くは佐伯恒夫・村山貞男・海老沢 嗣郎・大沢俊彦の各氏によって、1950年に3回、1952年にも3回観測された例があ る。日本の観測者は、本当にすばらしい活躍をしていたのだ。海外でも火星で有 名なアントニアジが観測しているとことが分かっている。いずれも火星像の端に 盛り上がり、もしくは立ち上がりとして記録されている。眼視で、惑星の大気の ふくらみが記録できるのはおそらくこれ以外には見つからない。本当に不思議な 現象で、火星の観測・研究家は頭を悩ませている。

1950年代といえば、家庭では電話はほとんど普及しておらず、電報や郵便の世界。 今では、インターネットで世界中の観測者が一瞬のうちに情報を共有できるが、 この当時はそれぞれの観測者が自分の眼を頼りに、記録を続けていた。自分の眼 だけが頼りだった。他の観測者との連絡は本当に大変で、アメリカとの連絡など 1ヶ月に2往復がやっとだった。

今、当時の諸先輩方のスケッチを見るとき、眼視観測者の一人として身の引き締 まる思いがする。長年、眼視観測を続けているので、昔のスケッチを見ていると、 当時の観測者がどんな姿の火星を見ていかがうかがえるのである。最近の惑星画 像は、気流がよければかなりのものが記録でき、眼視観測は歯が立たない時代に なった。しかし、眼視で観測するとき、過去と現在が一体化してくるのを私は感 じている。

[図1] 1950年代に観測された火星縁から突出した雲
佐伯恒夫氏の観測。左:1950年1月16日、右:1950年4月2日。(出典:佐伯恒夫著、火星とその観測、恒星社厚生閣)

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